引き続きサイトリニューアルに伴う振り返り記事になります。近年に行った資料館、博物館から印象に残ったところを5つ挙げます。
あくまでも主観で選んでいます。かなり趣向は偏っていると自覚していますので、これをみて「いってみたけどつまらなかった」という可能性も高いと思いますが、その点ご容赦ください。
盛岡てがみ館
盛岡市中心街の公的なビルの最上階にあります。企画展中心の正直地味な資料館なのですが、おもしろい企画が多いので何回も訪れたことがあります。

昨年は歴史上の人物の中でも尊敬する元総理大臣で海軍大将の米内光正さんの「没後80年最後の海軍大臣 米内光正の手紙」という企画展があり、たまたま、盛岡に行く日にギャラリートークがあり参加しました。「今日は奈良や千葉といった遠くからも参加いただき…」と言及されたりしましたが、日程があって本当によかった。
昭和天皇から下賜された「硯」のエピソードは何回も文字で読んで知っているのに館長さんから話して聞かされると涙が出そうになって困りました。死後に昭和天皇やゆかりのある人々が故人をしのぶ話があったというエピソードがあります。ご子息の米内剛政さんあてに慶應義塾長の小泉信三さんから、その際のやり取りがかかれている手紙も展示されていてこちらもぐっときました。
そのほか岩手出身の宮沢賢治や石川啄木に関する以前の企画展も面白く今後も開催されるようなので、何度でも行きたいと思う資料館です。
網走監獄
色々なところで紹介されていつか行きたいと思っていたのですが、5年ほど前に「ブラタモリ」での放送をみてたまらなく行きたくなってしまいました。ホントあの番組、行きたいところが増えまくっていけません。今年に入ってから流氷を求めて道東を旅した際に初めて訪問できました。

流氷シーズンは網走全体として人が多いからか、かなり混んでいてひっきりなしに来客がありました。監獄だけでなく、明治に入ってから北海道で労働力が必要となっていた話や裁判所など、いくつかの建屋で展示が充実していて、見学に二時間以上要しました。
多少の暖房はあるものの極寒時には監房はずっと氷点下だそうで、こんなところに入れられて生きて帰る自信がありません。

そして「昭和の脱獄王」白鳥由栄さんの展示も頗る面白かったです。何回も行ける場所でもないですし、一度行けば充分とも思うのですが、ここは誰にでも見学をお勧めできますし、網走に行く人はだいたい行くのでは、と思います。
登米教育資料館
宮城県登米市登米町。「とめしとよままち」と読みます。明治の街並みがそのまま残っている街自体が博物館のようなところです。
北上川の水運で発展した登米町ですが、鉄道につづいて道路による交通網の発展に伴い取り残されてしまったのかもしれません。その分古い建物が保存されて、とても趣のある街になっているのだと思います。

代表的な施設がこの登米教育資料館。旧登米高等尋常小学校で明治22年の建築物です。一見洋風ですが内部は和式の和洋折衷で、洋風建築を参考に日本の大工さんが建てたのだそう。

内部は昔の教室に机といす、古い教科書など。また教育に関する展示がたくさんあり、じっくり見てかなり時間を要しました。
実はここに到達する前にも旧警察署の登米懐古館、水沢県庁記念館といった興味深い施設を見学した最後に行ったので、すでにバテバテでした…もうちょっと予習をしてここを最初に行くべきだったかと思います。
交通の便が悪い点は厳しいですが、近くを通りがかるようなことがあったら再訪したいと思っています。
富岡製糸場
こちらは世界遺産にも登録されているので、今回取り上げる施設の中でもメジャーな施設ではなでしょうか。

日本初の官営工場で、明治初期の日本の主な輸出商品の生糸をつくる模範工場として建てられました。ずらっと並ぶ糸繰機や女工さんたちの生活関連が強く印象に残っています。

女工さんと言えば重労働で可哀そうというのが定番の印象なのですが、富岡製糸場の初期は良家の子女がメインで重労働とは縁遠かったなんて話も現地を訪れてこそ得られる情報ではなかろうかと思います。
ここへの訪問がきっかけで文明開化後の生糸の生産に興味が強くなりました。その後は気になっていた「女工哀史」「ああ野麦峠」の二冊を読み、長野県の生糸生産の中心地岡谷に行って岡谷蚕糸博物館を見学。周りの誰よりも養蚕や生糸に詳しくなったと胸を張って言えるのですが、特に褒められることもないですし、そんなことは恥ずかしくて言えません。
円谷幸吉メモリアルホール
こちらは特に個人的思い入れの強いところです。東京オリンピックマラソンの銅メダリスト円谷幸吉さん。その後の不振を苦にしてかその4年後に自殺してしまいました。父母や兄弟に宛てた「美味しゅうございました」という文言の連なる遺書。

川端康成や三島由紀夫といった文豪が絶賛。ネット全盛のこの時期はPCたたけばすぐ出てくるわけですが、何度読んでも鳥肌が立ちます。泣きたくなったらこれを見ればいいというくらいです。

出身地の須賀川に以前は遺族が運営していた記念館があったのですが、いまは市が品々を譲り受けて市立の施設の一角に展示室を設けて無料で展示しています。ずっと行きたいと思っていましたが、福島県の須賀川というのが、中途半端で関西からではとても行きづらい位置。東京に単身赴任をしてから真っ先に行きました。
生涯や晴れ舞台となった東京オリンピック関連の展示、そして複製になりますが遺書は食い入るように見ました。
以上、印象深い資料館を5つ挙げました。定宿が岩手なので盛岡てがみ館はあと何回でも行くことでしょう。網走監獄と冨岡製糸所以外は正直、誰にでもおススメできるところではありませんが、感性の似ている人がいたらいいなぁと思います。

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